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どの場所で起業するかで成長アングルは変わるか

2016年頃、サンフランシスコで米国のTechCrunch編集長(現在も編集長のマシュー・パンツァリーノ)と雑談していたときのことです。彼は、とても印象に残ることを言い放ちました。「ニューヨークは酸素濃度が低い」といったのです。

ちょうどニューヨークで主催したイベントから戻ったばかりだったのでスタートアップ・コミュニティーの盛り上がり具合を私は尋ねたのでした。すると、イベント収益や集客の面でいえばニューヨークはロンドンと同じくらいの規模で盛り上がっているものの「ニューヨークは酸素濃度が低い」といったのです。

サンフランシスコを含むシリコンバレー一帯のベイエリアは、街全体が「テック」です。だからカフェに行けば、隣の席からは投資話やプロダクト改善の話が聞こえてきますし、バイオ関連の論文を読んでいる女性がいるかと思えば、そこに投資家がやってきたりして、思わず聞き耳を立てたくなるようなことが起こります。一方、ニューヨークは金融、広告、メディアの大御所たちがいて、法律家もアーティストも一流のトップタレントが集まる多様性があります。最近でこそD2C系のスタートアップがニューヨークのソーホー地区に集積していますが、それでもテック系は全体の一部に過ぎません。人口規模が大きくて人口密度も高いものの、テックという文脈では密度は高くありません。

パンツァリーノに言わせると、こうした違いはクリティカルです。何かスタートアップのアイデアがひらめいたとき、すぐに2、3人でプロダクトの話になり、そのそばにいる投資家が興味を持ち、そこで起こった一瞬のスパークが炎に変わる可能性があるというのです。一定の酸素濃度があるからこそ、シリコンバレーは小さな火が炎に変わるようにイノベーションが生まれて育つのだというのです。

この意味で言うと、2016年頃の東京は、まだスタートアップ濃度という点では低かったと思います。東京の人材やコミュニティーはニューヨークに似ています。しかも政治機能すら併せ持つなど多様で、テック系はごく一部に過ぎません。だからこそ業界関係者は物理的なイベントや施設運営によって人工的に酸素濃度を上げることをやってきているわけです。

あなたのスタートアップは、周囲5つのスタートアップの平均?

もう少し時間を巻き戻して考えると、さらに酸素濃度の重要さが分かります。2010年代前半に東京にいてスタートアップしようという人は本当に少なかったのでした。2009年のリーマンショックの傷が癒えておらず、金融系VCが軒並み撤退してリスクマネーが枯渇していたという事情があるにせよ、極めて酸素濃度の低い状態でした。

そのころシリコンバレーで起業した人たちを取材して回ったとき、かなり多くの起業家が口にしたのが「あの友だちが成功したのなら、わたし(オレ)にだって」という言葉です。Dropbox創業者のドゥリュー・ハウストン(Drew Houston)は大学の同窓生がマイクロソフトへのM&Aで巨額のイグジットするのを見てDropboxを始めたと語っていましたし、人事労務系SaaSのユニコーンとなったGusto共同創業者のエドワード・キム(Edward Kim)も「オレにだってできない理由はない」と思ったといい、その感覚は大事だと繰り返し語っていました。ただ、もともと密度が高かったシリコンバレーですら、Y Combinatorは毎週火曜日に起業家たちを集めて夕食会を開き、そこで進捗を報告し合うことが大きな刺激となっていたと言います。

2020年の東京を考えてみると、今や局所的には酸素濃度の高い場所がたくさん生まれています。渋谷、五反田、日本橋、大手町、本郷といった地区が結節点になっていますし、人的ネットワークも年々、太く、大きくなってきています。東京以外でも福岡や神戸、名古屋があります。

創業メンバーが起業のアイデアという最初のスパークをもって資金やタレントを集めて炎としていくとき、もう1つ大事な観点があるように思います。それは、周囲にどんなスタートアップがあり、どんなスピードで進捗しているかです。

起業家の皆さんの多くがうなずかれるのではないかと思いますが、いつもコワーキングで顔をみかけていた同世代もしくは「同期」の起業家たちが、自分たちよりずっと先に進んでシリーズA、シリーズBと調達ラウンドを重ね、ユーザーからの評価も高い様子が分かるとき、その進捗を応援する気持ちと、それと自分たちを比べて頑張ろうと思ったり焦る気持ちの両方があったりしないでしょうか? 資金調達だけではありません。新機能ローンチ、事業提携、大台のダウンロード数などの進捗には、すべてスピード感という肌感覚を与えてくれるはずです。最近はSaaS系の起業家同士の飲み会で、他社のMRR(月間経常収益)を噂し合う「MRRゴシップ話」があるとも言います。

焦りというとネガティブですが、これは恐らく良いことです。良い起業家仲間がいたり、良いコミュニティーに身を置くと、「スタートアップは、このくらいのスピード感で成長するものだ」という基準が高くなるはずだからです。

実はCoral Capitalの内部の議論でときどき出てくるのは、スタートアップの進捗速度に地域差があるだろうかということです。例えば10万人規模の都市に、ぽつりと単独でスタートアップがあった場合。このチームは、もし仮に東京に移転した場合にスピード感が変わるだろうか、という視点です。スピード感に加えて、どこまで上を見て目指すのかという目線の高さも、周囲にいる起業家たちからの刺激や影響によって変わってくる可能性はないだろうか、と。

こうした議論は傾向の話なので、個別例で見ればいくらでも反例はあるかと思います。北米の例で見ても、テックと無関係な都市から単独でユニコーンが出てくることがあります。「シリコンバレーにいなくても成功できることを証明した」とメディアは書いたりします。しかし、記事の見出しになるほどニュース性があるということ自体が、現実を物語っているように思えます。

よく「あなたは、あなたの周囲5人の平均だ」と言われます。同様に「あなたのスタートアップは、周囲5社のスタートアップの平均だ」という目に見えない相互刺激の作用があるのだとしたら、地方にいるとしても成長しているスタートアップ濃度が高い場所に身を置いたり、一緒にいて刺激を受けられる起業家同士で集まれる場所に行くことは大事なことなのではないかと思います。

ベンチャーエコシステム
西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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