人類規模の課題を解くのは、国や大企業だと思われています。莫大な資本を投じ、長い時間を耐え、重い規制に向き合う。そうした持久力は、小さな組織より大きな組織にあるように見えるからです。でも、その最初の一歩を踏み出すのは、案外そういう組織ではありません。
究極の半導体と、原理的にメルトダウンしない原子炉。
一つは世界でまだ誰も実装していない技術。もう一つは国の機関であるJAEA(日本原子力研究開発機構)が長年育ててきた技術です。どちらも、技術そのものより社会実装が難しい、人類規模の難題。その最初の一歩を踏み出しているのが、大熊ダイヤモンドデバイスとZettaJouleです。先日YouTubeで公開したStartup Aquariumのトークセッションで、両社がその挑戦について語っていました。
大熊ダイヤモンドデバイスが手がけるダイヤモンド半導体は、音や光、電波など自然界から生まれるアナログ信号を増幅・制御したりする「アナログ半導体」と呼ばれる種類の究極形です。通信機器にも、レーダーにも、各種センサーにも使われ、電波をより遠くまで届ける役割を担っている、と考えてください。
現在の半導体の主役であるシリコンは、大きな電力を扱うほど発熱し、性能が頭打ちになります。冷やすための装置も要る。一方、ダイヤモンドは熱を桁違いに逃がし、放熱性は既存素材の13倍。シリコンが壊れる高温でも動き、電子機器を破壊する放射線にも強く、出力性能は5倍。冷却装置を小さくでき、より小型で高出力な機器が作れます。長らく「物性は究極だが、実現が難しい」とされてきた素材です。
ダイヤモンド半導体は素材も製造ラインも既存の半導体と全く別物で、世界最大の受託製造企業であるTSMCに外注して作れるものではありません。専用の工場をゼロから建てるしかない。ところが、ここに出口のない矛盾があります。工場を建てるには投資が要ります。投資を呼ぶには需要を定量的に示す必要があります。しかし量産製品はまだ市場に存在しないので、市場規模を示しようがありません。
論理的に考えれば、この工場への投資はできません。だからこそ、この矛盾を引き受けられるのが、四半期ごとの業績報告にも既存事業の優先順位にも縛られないスタートアップです。同社CFOの永井悠平さんは「最後は度胸と根性」と呼んでいましたが、中身は精神論ではなく、リスクを取れる構造を持っているかどうかの差です。
三菱重工でエネルギー部門を長年率いたZettaJoule副社長の福泉靖史さんも、前職で同じ壁にぶつかっていました。カーボンニュートラルの新規事業を立ち上げようとして、大企業では動かせなかった、と。
興味深いのは、ZettaJouleに一流の人材と資金が集まっていることです。福泉さんは同社に参画する以前、「原子力でスタートアップが成立するのか半信半疑だった」と振り返ります。しかし蓋を開ければ、投資家からの資金が集まり、原子力規制当局でトップを務めた人物までが経営に加わっている。実績ではなく、構想と技術の可能性を見込んで、人と資金が動いています。
私は以前から、アメリカの最大の強みは「非合理的な楽観」、バブル崩壊以降の日本の最大の弱点は「非合理的な悲観」だと言い続けてきました。最も保守的に見える原子力の分野で、最も挑戦的な人材の移動が起きている。これだけで日本の空気が変わったとまでは言いませんが、悲観が少しずつ剥がれ始めた兆候ではあると思います。
もう一つ、見落とされがちな構造があります。ダイヤモンド半導体が生まれた背景です。この技術自体は、真新しいものではありません。産総研、北海道大学など国内の様々な研究機関が30年以上、基礎研究を積み上げてきました。それを実用へ一気に押し上げた契機が、福島第一原発の事故でした。
炉内のセンサーは熱と放射線で壊れ、内部の状況を把握できなくなりました。廃炉にはいまも、その過酷な環境で壊れずに動くセンサーが要ります。この国家的な必要が、極限環境で動く半導体デバイスへの世界で最初の需要を生みました。求められたのは実験室での最高記録ではなく、失敗が許されない現場での安定動作です。
この転換が、大熊ダイヤモンドデバイスの母体となった日本の研究チームを鍛えました。その積み重ねがいま、形になっています。世界初のダイヤモンド半導体工場が2026年5月29日、竣工式を迎えました。福島・大熊町から、次世代半導体の社会実装が動き出そうとしています。
それでも、技術が日本発であることと、日本がその市場を握ることは、全く別の話です。窒化ガリウムやSiC(シリコンカーバイド)などの次世代半導体に限らず、日本がノーベル賞受賞に至るほど研究開発で先行した技術であっても、量産投資や事業化の体制づくりで海外勢に後れを取り、市場の主導権を失った例は少なくありません。「これをまた他国に牛耳られるのか」。永井さんのこの一言に、日本のディープテックが抱える宿題が詰まっています。
ZettaJouleは、その宿題に正面から向き合っています。同社が手がける高温ガス炉は、JAEAが茨城県大洗の試験研究炉で数十年にわたり運転実績を積み上げてきた、日本が長年かけて育ててきた技術を基盤としています。アメリカとドイツが一度研究して手放したあとも、日本だけが続けた。OECD(経済協力開発機構)の原子力機関の比較でも、日本の高温ガス炉は許認可やサプライチェーンを含む複数の指標で商業化に最も近いと評価されています。
日本の高温ガス炉技術と、その実証データは、世界の先頭にある。足りないのは、世界市場で事業を回す力です。だからZettaJouleは、アメリカに持株会社を置き、カナダや米国の規制当局のトップ経験者を経営に招いています。
最初のプロジェクトは、全米屈指の原子力研究拠点であるテキサスA&Mの研究施設に研究炉を建てる、最大8億5000万ドル規模の計画として動き始めました。日本だけでやっていてもビジネス化はできない。最大の市場であり、規制を作る場所と組む。その動きは、私たちCoralが掲げている「Build with Japan」という発想そのものです。
2社は、畑違いに見えて同じ問いに立っています。日本が長年かけて育てた技術を、どうやって世界に出すか。
「日本発の技術を、また他国に牛耳られるのか」。永井さんと福泉さんは、それぞれ全く異なる立場から、この問いに答えを探しています。動画では、挑戦の背景だけでなく、なぜ大企業ではなくスタートアップがこの役割を担うのかまで、率直に語っています。ぜひご覧ください。
