「日本市場は小さいから、大きなリターンは出ない」――スタートアップの世界で囁かれる、悲観的な見立てです。本当にそうなのでしょうか。
今回、2016〜2025年の10年間に東証グロース市場系へ新規上場した、VCが出資したスタートアップ(いわゆるVC-backedスタートアップ)352社について、公開情報をもとに上場後の時価総額の推移をまとめたデータセットを独自に作成しました。本稿では、そこから見えてきた日本のスタートアップの「現在地」について紹介します。
ポイントは、現在の時価総額だけでなく、上場来高値(ヒストリカルハイ)まで含めて見たことです。高値には、需給が生んだ一時的なハイプも含まれます。それは承知の上で、あえて高値まで見ることにしました。「市場がその会社に、どこまでの値段を付けたことがあるか」まで含めて初めて、この10年の到達点の全体像が見えると考えたからです。(データの出所と母集団の定義は末尾の注記を参照)
結論を先に言うと、データは2つのことを示していました。1つは希望で、もう1つは宿題です。
100倍の機会は、どのビンテージにも存在していた
まず、上場来高値ベースで、時価総額が各水準を超えた社数を数えると、以下のようになりました。

- 1兆円超:1社
- 5000億円超:7社
- 3000億円超:17社
- 2000億円超:32社
- 1000億円超:60社
- 500億円超:124社
1000億円超は60社でした。この数字を多いと見るか少ないと見るかは、読む人によって分かれるかもしれません。ただ、より重要なのは時間軸で見たときの安定性ではないでしょうか。

上場年(ビンテージ)別に見ると、2016年から2024年まで、どの年も5〜10社が上場来高値で1000億円に到達していました(例外は2022年の2社。2025年上場組は時期尚早)。特定の当たり年に偏っていません。相場の山谷はあっても、1000億円級の会社はコンスタントに生まれ続けているのです。
これをVCの投資リターンに置き換えて考えると、シンプルな計算が成り立ちます。上場来高値で1000億円に到達した会社に、上場前に時価総額10億円で投資していれば100倍です(希薄化を考慮しないグロスの倍率です。実際に投資家が手にする持分ベースのリターンはこれより小さくなりますが、機会の規模感を測る簡便な物差しとお考えください)。実際に数えてみると、上場前に時価総額10億円で投資していた場合に上場来高値で100倍以上となる会社は60社、5億円なら124社にのぼります。近年のシード〜アーリーの一般的な投資時の企業価値(エントリー水準)が数億〜十数億円であることを考えれば、100倍のリターン機会自体は、どのビンテージにも存在していたことになります。冒頭の「日本市場は小さいから、大きなリターンは出ない」という通説は、少なくとも「大きなリターンの原資が存在しない」という意味では、事実に反していたわけです。
一方で、留保も正直に書いておきます。第一に、事後的に60社あることと、事前にその60社を引き当てられることは、まったくの別問題です。「エントリーを間違わなければ」の一言に、VCの実力のすべてが詰まっています。第二に、上場来高値は一過性です。上場を続ける331社の現在の時価総額は高値から中央値で71.4%下落しており、81.3%の会社が高値の半値以下になっています。高値圏(高値から10%以内)を維持している会社は、わずか2社しかありません。つまり100倍を「実現」するには、高値のある局面で株式を売却して回収(エグジット)まで実行する必要があります。原資の存在と、それを掴む実力は、分けて考えるべきです。
「そもそも、その高値は上場直後の初値バブルではないか」という指摘もあるかもしれません。たしかに352社全体では、約4割(39.2%)が上場後30日以内に上場来高値を付けています。一方で、高値1000億円超の60社に限ると、30日以内に高値を付けた会社は15%(9社)にとどまります。大型の勝者の多くは、初値の熱狂ではなく、上場からしばらく経った後の成長によって高値を形成していました。
掴むべき原資がそもそも存在しない市場と、コンスタントに存在し続けている市場は、まったく違います。高値ベースで見る限り、日本は後者なのです。
一方で、1兆円超はこの10年でメルカリ1社のみ
では、この階段の最上段はどうなっているでしょうか? もう一度、図1のラダーを上から見てください。
1000億円超えは、この10年で60社生まれました。5000億円は7社。そして1兆円は、たった1社です。1000億円級を安定して生み出す土壌ができた日本のエコシステムは、その上の水準になると急激に細くなり、頂点にはメルカリ1社しか立っていません。

331社を高値順に並べると、都市のビル群の輪郭、いわばスカイラインのような形が現れます。メルカリがひとり突き抜け、あとは長い裾野が続きます。この形が、日本のスタートアップエコシステムの現在地です。
しかも、メルカリが上場来高値の1.2兆円を付けたのは2021年11月です。それから5年近く、2社目はまだ現れていません。日本にとって1兆円は、まだ「例外」なのです。
VCが「身の丈」を語るのは職務放棄だ
こうしたデータを出すと、「日本には日本の身の丈にあったスタートアップの形がある」「1兆円はアメリカの物差しだ」という声が聞こえてきそうです。
個人的には、そうは思いません。はっきり言って、VCが「身の丈」を口にするのは職務放棄だと思っています。VCというビジネスモデルは、そもそも外れ値を前提に成り立っています。ポートフォリオの大半がうまくいかなくても、突き抜けた1社がファンド全体のリターンを生み出す。だからこそVCは大きなリスクを取れるし、たくさんの失敗を許容できる。VCの仕事は、平均に賭けることではなく、分布の端にある外れ値を探して支えることです。あのスカイラインの長い裾野ではなく、突き抜けた1本を増やすこと。それが私たちの存在理由です。
「米国の最も大きな強みの1つは非合理な楽観主義であり、日本の最も大きな弱みの1つは非合理な悲観主義である」。パートナーのJamesが楽観と悲観が国の成功にどう影響するか、日米で考えるで書いた通りです。そして、今回のデータを見れば、少なくとも悲観に根拠がないことは明らかです。100倍の機会はどのビンテージにも存在し、1000億円級の会社はコンスタントに生まれてきた。つまり私たちは、根拠なき楽観に頼る必要すらありません。データに裏付けられた、根拠のある楽観ができるのです。
足りないのは、その先です。1000億円で満足せず5000億円を、5000億円の先の1兆円を目指す挑戦の数と、それを支える資本と、最後までやり切る時間。天井は誰かが破らなければ、天井のままです。
実際、これは私の実感ですが、メルカリの上場以降、VCのファンド組成の規模も、起業家が掲げる目標の水準も、確実に一段上がりました。メルカリは上場時点で、それまでの日本のスタートアップが届かなかった規模の時価総額をつけ、ひとつの天井を破ってみせた。天井が破られると、次の世代の物差しが変わるのです。だからこそ、次の天井も破られなければいけないと思っています。
ポジショントークだと言われるかもしれません。それでも私たちは、日本からユニコーンの先、デカコーンは生まれると言い続けますし、その挑戦を探し続け、応援し続けます。
天井をどう破るか
まずは今回、10年・352社のデータが示す2つの事実を持ち帰っていただければと思います。100倍の投資機会は、ずっとそこにありました。そして、天井はまだ破れていません。
では、どう破るのか。私たちが注目しているのは、日本の技術的な強みと、グローバルの市場・資本を最初から接続しにいく会社です。折しも、日米の間では資本と事業の行き来が双方向に太くなり始めています。米国の投資家と企業は日本の技術と製造を必要とし、日本のスタートアップには米国の資本と市場への道が開かれつつあります。この構造変化については、パートナーのJamesが「失われた数十年」への決別と、日本の「第三の躍進」をはじめ、様々な記事で書いてきた通りです(関連:アメリカのロボットの中身は、日本製だらけだ、Andurilとともに、日本を未来へ進める)。今回のデータが、その見立てを数字の側から支える材料になれば幸いです。
私自身は、天井を破る候補がどこから生まれてくるのか―、ディープテックの勝ち筋の見極め方について、稿を改めて書きたいと思います。お楽しみに。
データ注記
- 本稿の「VC-backedスタートアップ」とは、96ut.comのIPO一覧・目論見書ベースで、上場前の株主にベンチャーキャピタルが含まれる企業を指す(VC保有比率の下限は設けていない)。そのうち筆頭株主がバイアウト/PEファンドの案件、銀行業、初値が付かなかった案件を除いた「純VC」で、かつ東証グロース系市場(東証グロース=旧マザーズ等)へ新規上場した352社を分析対象とした
- ※時価総額・上場来高値は2026年7月23日時点(前営業日終値ベース)。上場来高値は同時点までの分割調整済み最高値
- 現在時価総額・下落率の分母は、上場を継続している331社(廃止21社を除く)
- 「100倍」の試算は希薄化を考慮しないグロス倍率
- ※発行済株式数等のEDINET開示データへのアクセスには、EDINET DB(EDINETの開示情報を扱いやすくするサービス)を利用した
- 出所:96ut.com(VC判定・IPO一覧)、J-Quants(株価・上場来高値・現在時価総額)、EDINET(発行済株式数)をもとに Coral Capital 作成
