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経営学の観点から見たスタートアップ:CSV経営

自社や顧客だけでなく社会や環境にとっても良い経営

CSVという言葉をご存知でしょうか?CSVとは「Creating Shared Value」の略語で「共通価値の創造」などと訳される比較的新しい経営学の考え方です。基本的な考えは、「売り手である自社、買い手である顧客だけでなく、社会や環境にとっても良いビジネス活動こそが真に持続的なビジネスである」というものです。

この考えは「競争優位の戦略」の著者でもあるハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授らによって2011年に提唱されました。似た文脈で使われる言葉にCSR(Corporate Social Responsibility)があります。CSRはよく「企業の社会的責任」と訳されます。ではCSRとCSVはどう違うのでしょうか。

CSVとCSRの違い

CSVもCSRも企業が社会的課題に向き合う、という点では似ていますが、本質的に異なります。

CSVでは「ビジネス活動の中」で社会的課題に取り組みます。例えばトヨタがハイブリッド自動車や電気自動車を開発して普及させることはCSVです。一方、CSRでは「ビジネス活動の外」で社会的課題に取り組みます。つまりCSRはビジネスとは別ものとして行われる善行です。例えば、植樹事業や水質保全活動、地域のボランティア活動などがよく見られるCSR活動です。CSR活動は必ずしも企業の利益に直結しません。

企業がCSVを追い求める理由

ではなぜ今CSV経営が大事と言われているのでしょうか?

21世紀に入って企業活動の中での児童労働問題や環境破壊問題などが大きく取り沙汰されるようになりました。経済成長や経済価値のみを追い求めて地球資源、環境資源、社会資源を搾取してきたたのが20世紀の経営と言っても過言ではありません。21世紀に入り、特に児童労働問題や環境問題への注目が集まる中で、行き過ぎた経済成長至上主義を是正する流れが生まれました。

短期的に経済が成長しても、中長期で地域や環境そのものが壊れては意味がない、中長期で持続可能な成長を続ける企業こそが優れた企業だ、という流れです。現在では経済的価値だけでなく、社会的価値や環境価値が重要視される時代になりました。ですので、CSV経営は21世紀の経営のど真ん中の概念であり、ESG投資やSDGsの取り組みと密接に関係しています。

CSV経営の事例

事例1: コットンの全量をオーガニックに切り替えたパタゴニア

「20年前、我々は、財政的に大きなリスクを取ってコットンの全量をオーガニックに切り替えた。だが、そう決断したからこそ、事業についても環境についても考えが大きく変わった。環境問題は解決がとても難しいこともわかったし、それでもなんとかしようとすれば金銭的に報われるということも分かった」

これはパタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの言葉です(『社員をサーフィンに行かせよう – パタゴニア創業者の経営論』より)。

パタゴニアはアウトドア用品、登山用品、サーフィン用品などを提供する企業です。必然的にパタゴニアの顧客は、環境や自然に対する感度が高い傾向にあります。イヴォン・シュイナードは「最高の製品を作り、環境負荷を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境問題の解決を実行する」というスローガンを掲げ、「環境」を軸とした事業を実践することで自社の強いブランドを築き、顧客ロイヤルティを高めることに成功しています。

事例2: 環境ビジネスの模範となったゼネラル・エレクトリック

多くの企業に先駆けて2005年に当時GEの社長であったジェフ・イメルトは経営の中心に「Green is Green」というメッセージを掲げ、CSV経営を実践しました。

環境ビジネスがまだ世の中で立ち上がっておらず、またアメリカはブッシュ政権の下で、京都議定書などの枠組みにおける環境問題についての規制を拒否していた時代に、「Green(環境) is Green(ドル紙幣の色)」をスローガンに、環境ビジネスこそがGEが行うビジネスであるとしました。

つまり、消費者は環境配慮型商品を求めており、そのニーズに応える商品は売れるし、商品が売れれば会社が儲かります。会社が儲かればもちろん株主は喜ぶが、一番大きな恩恵を受けるのは社会であるという考えをGE内に浸透させ、自社の事業の選択と集中を行いました。

ジェフ・イメルトは環境マーケットを創り上げなければ世界の環境課題解決は進まないと唱え、環境ビジネスを世界の成長産業にするまでに作り上げてきました。GEは環境ビジネスにおけるルール作りや技術的ポートフォリオの整備に加えて、環境分野の売上目標や研究開発投資額も社会に明示し、それを自社のKPIとしました。

自分たちの会社を変え、世の中を変えたGEの経営はグローバル企業の規範とされ、その後多くの企業がGEの経営戦略を模倣するようになりました。

事例3: 世界で最もCSV経営が進んているネスレ

「共通価値の創造(CSV)は、ネスレの事業活動の根幹をなすものです。ネスレは、株主の皆さまと社会に価値を創造することが、企業としての長期的な成功につながると考えています。私たちの活動と製品は、ネスレの長期的な成功に寄与すると同時に、社会にプラスの変化をもたらすものでなければなりません」

これはネスレのWebサイトに掲げられている宣言です。ネスレは元々栄養不足による乳幼児の死亡率の高さを社会課題と感じていたアンリ・ネスレが 「母乳の代替食品を」と、研究を重ねて立ち上げた乳児用乳製品を販売する会社です。

現在は、「栄養」「水資源」「農業・地域開発」の3つの事業分野に注力して共通価値の創造に取り組んでいます。

ネスレは年次報告書においても毎年CSVに対する取り組みレポートを発表しています。例えば2030年までに事業活動における工場取水や二酸化炭素排出などの環境負荷ゼロを掲げています。2019年のレポートではグローバルで403ある工場の内20工場で、すでに取水量ゼロを達成、製品1トン当たりの温室効果ガス排出量も2010年比34%減などが報告されています。

ネスレは世界で最もCSV経営が進んだ企業と言われています。

スタートアップとCSV

ここまでグローバルな大企業が大きな社会課題に取り組むCSV経営の事例をご紹介しました。一方「ビジネスを通じて大きな社会課題に取り組む」と聞いて思い浮かぶのはスタートアップ企業ではないでしょうか?

「社会にとって良い事業を行う」
「社会的課題や社会の不合理を解決する」

これらはスタートアップが事業を始めるスタート地点です。

ベンチャーキャピタルが最初に起業家に聞くことの1つも「あなたが取り組む社会や顧客の課題は何か?」という質問です。つまり、スタートアップの多くが創業時点から、社会的課題をビジネスで解決するというCSV経営を行っていると言えます。

より多くのスタートアップが世の中に出てくることで、より多くの社会課題が解決されます。私たちベンチャーキャピタルもより多くのスタートアップを支援することで、社会課題の解決に向けた一助となりたいと思います。

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Kiyoshi Seko

Senior Associate @ Coral Capital

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