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高齢化社会を支える世界のスタートアップ (1)訪問介護ケア編

団塊の世代(第二次大戦直後数年間のベビーブーム時に生まれた世代)が75歳を超えて後期高齢者となり、国民の5人に1人が75歳以上という超高齢社会を迎える、いわゆる「2025年問題」。この2025年問題という言葉は、90年代に生まれの私が幼いころから唱えられていて、当時はとても先のことのように感じていました。しかし、実際にはもうあと数年後に迫っています。問題が差し迫っているのと同時に、この10年でテクノロジーの発達もめまぐるしく進んでいます。高齢者やその家族の生活の質、また介護業界に従事する人の労働環境の改善といった課題は、公的な制度を設計する官だけでなく、技術をもつ企業も取り組むべき大きな課題だと考えています。

高齢化先進国である日本ですが、高齢者やその周りの課題を解決するようなスタートアップが十分に出てきているかというと、そうではないと思っています。介護予防プログラムを提供するMoffや排泄予測デバイスのTriple W 、また私たちの投資先で医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーのための介護施設マッチングサービスKURASERUと親子3世代向けのIoTデバイスまごチャンネルを提供するチカクなど、いくつかの会社はVCから資金調達をし、成長を遂げています。しかし、高齢化社会を取り巻く数多くの問題を解決するにはまだまだあってもいいと思っています。

今回から4回に渡って、在宅で療養する高齢者や施設に入居する高齢者の生活や健康面の課題に取り組む、アメリカや欧州、韓国といった世界の高齢者向けサービスの事例をご紹介します。そして初回の今回は、在宅で生活する高齢者向けの介護ケアサービスの変容をご紹介します。

1. 介護ケアサービスのオンラインマッチング

自宅で生活する高齢者が、信頼できる介護や生活援助をより安価に利用できるよう支援する、訪問介護関連のスタートアップを振り返ってみましょう。このマーケットは2000年代後半から複数のスタートアップが誕生し、これまで不透明だった介護業者の価格やサービス内容、ユーザーの評価や口コミを提供するウェブサービスが出てきています。2007年にベイエリアで創業したCaring.comは、全米の地域ごとの公的支援内容や訪問介護事業者、療養施設のレビューを紹介しているウェブサイトで、2014年に消費者向けの金融商品に関するオンラインコンテンツを提供するBankrateに5400万ドルで買収されています(その後Red VenturesがBankrateを買収)。業者の検索・評価だけでなく、2007年にはベビーシッターやペットシッター、そしてケア提供者と利用者をマッチングするCare.comサービスを開始しました。Care.com以降、オンラインで介護ケア提供者と利用者をマッチングし、予約できるサービスが複数立ち上がっています。このマッチングサービスは、大きく分類すると、(1)マーケットプレイス型と、(2)自社提供型の2種類があり、アメリカにおいては前者が主流で、EU諸国は後者が多く出てきています。

(1)介護ケアのマーケットプレイス

Care.comを皮切りに、個人のケア提供者と高齢者やその家族を直接マッチングするサービスは複数立ち上がります。その多くは直接マッチングさせることで従来の代理店よりもマージンを減らし、利用者負担を軽減し、ケア提供者の収入を増やすことを強みとしています。このマッチング事業においては、下記の3つが重要な要素となり、各社が工夫をこらしています。

  • ケア提供者の獲得:マーケットプレイスビジネスの多くが、供給サイドと需要サイド両方をバランスよく増やす必要があります。しかし、慢性的に極度の人材不足である介護業界においては、ケア提供者サイドの獲得に特に強い会社であることは成功における必須条件となります。そのため、各社はケア提供者側の負担を軽減できるようなツールを開発し提供することで、ケア提供者の体験を向上させ、満足度を上げています。
  • 利用者とケア提供者のマッチング精度の向上:介護というのは、地域や技能面だけでなく、性格の相性も求められる職種です。配車アプリのような単純なマッチングだけでは利用者側の体験は良くなりません。利用者の多様なニーズに対応するためには、当然前述したような供給サイドの拡充が必要ですが、それだけではなくより細やかなマッチングが要求されます。
  • 社会保障の適応:イギリスやドイツ、そのほかのEU諸国においては、日本同様に訪問介護ケアに対する社会保障が適用されるケースも多いです。この場合、マーケットプレイスモデルのサービスにおいても、利用者は保険の払い戻しを希望することが想定されます。

実際にマーケットプレイスモデルで事業を提供している会社としては、アメリカのCareGuardian(サービス:HomeTeam)、Homecare.comCareLinxなどがあります。

アメリカにおいて、早期にマーケットプレイスの普及が進んだ背景としては、もともとの文化が影響していると考えられます。アメリカでは、訪問介護業者を「agency=代理店」と呼んでいることからもわかる通り、介護ケア提供者個人がより独立しており、介護事業者はこの代理店としてバックオフィスやそのほかオペレーションを請け負っているという文化が根付いていると考えられます。また、Care.comといった特化型のマッチングサービスが誕生する以前より、もともとCraigslistで介護ケア提供者を探す文化があったことが、その後の特化型プラットフォームが普及しやすかった理由とも考えられます。

しかし、これらのマッチングプラットフォームの多くは現在、マッチングから自社雇用へと移行しています。その背景には2015年以降の労働者保護の規制強化の影響が大きいと考えられます。この規制強化は介護士の最低賃金を保証し、かつ残業免除を撤回するという内容で、特に最低賃金の値上がりが激しいカリフォルニアなどでは訪問介護費用が大幅に値上がりしました。その結果、訪問介護ケア業界全体として、利用者は訪問介護の利用時間を短縮したり、利用を停止するといった流れが起きました。この影響で既存の大手訪問介護事業者が一部事業所の閉鎖を行なったほか、労働者保護の強化によりマーケットプレイスを展開していたスタートアップもピボットを余儀なくされたのです

マーケットプレイスは本来、ケア提供者はより高額の報酬を得られ、利用者は費用を抑えられるという利点がありました。しかしこの規制強化により時給の上乗せ分は、直接利用者の負担増加となり、利用者離れが進んでしまいました。複数のケア提供者を採用し、特定の時間内により多くの家庭へ訪問させる、従来の代理店(訪問介護事業者)モデルの方が、この人件費増加分を利用者間で分散できたのです。

2013年にサンタモニカで創業したマッチングサービス、HomeHeroは累計2,300万ドルを調達していましたが、2017年にサービスのクローズを発表しました。代表はその理由を、この州および連邦の規制改革の影響を過小評価してしまったことが原因だとしています。同社は労働者保護の波に対し、ケア提供者を雇用しないモデルを継続することが困難となり、派遣や契約モデルから正規雇用に移行しました。つまり既存の訪問介護ケア事業者のように自社でケア提供者を雇用するようになったのです。また、同社の代表は、スタートアップの既存事業者に対する優位性は「テクノロジーの活用による効率化、コストパフォーマンスの改善」でしたが、既存事業者も十分にテクノロジーを活用しており、この競争に勝つのは非常に困難だと語っています。

2014年に創業したマーケットプレイスのhonorも、HomeHero同様に戦略を転換しています。現在honorは自社で介護ケア提供者をフルタイムとパートタイムで採用し、オンラインでマッチングした利用者にサービスを提供しています。介護ケア提供者はhonorのサポートや研修、オリエンテーションを受けることができ、かつ相場よりも高額の報酬を与えられているとのことです。同社の特徴的な点としては、自社でケア提供者を集めているほかに、Honor Care Networkと呼ばれるネットワークを構築していることです。訪問介護代理店などをパートナーとしてこのネットワークに参加してもらい、彼らのケア提供者人材とhonorユーザーのマッチングを行うことで地域と規模の拡大を進めています。同社の非常に優れた技術は、ケア提供者の支援をオンラインで効率よく行う点、高齢者の細かいニーズとケア提供者のマッチングを行える点、介護者の募集、給与、請求、保険、法律、コンプライアンスのすべての問題をパートナー向けに処理しています。元々は、Uber for 介護というフレーズで多くのメディアに取り上げられ、よりマーケットプレイス色が強かったのですが、最近ではより介護ケア提供事業者の支援会社という色が強くなっています。

Honorが訪問介護ケア事業者に提供する価値

  1. 高齢者のニーズに最適なケア提供者のマッチングとスケジューリングを行う
  2. 支払い、保険請求等のバックオフィス業務の支援
  3. ケアレベルの向上。ケア業務をタスク化し管理
  4. 高齢者の情報を管理するプラットフォームとして機能し、多職種がアクセスできる

*参照:同社サイト及び同社メンバーのインタビュー記事

このように2010年代後半の介護ケアマッチングは、マーケットプレイス型から⑵の自社雇用型へと移行しています。この流れの中でもマッチングサービスが新たに立ち上がっているのは、専門ケア以外の外出支援、移動支援の領域です。2016年に立ち上がったPaPaは、地元の大学生と高齢者をマッチングし、病院や買い物に行きたい高齢者の移動を学生が支援するプラットフォームを提供しています。2019年10月に3度めの資金調達として、シリーズA調達を行なっており、リード投資家のCanaan Partnersのほかに既存投資家のInitialized CapitalやY Combinatorらから1,000万ドルを調達しています。また、2017年に創業したUZURVは、車椅子対応などの特別なサポートを必要とする高齢者や障がい者に特化したライドサービスを自治体や個人ユーザーに提供しています。

一方でEUを見てみると、もともと自社雇用型が主流ではありますが、一部マーケットプレイスモデルを提供するスタートアップも存在します。2015年創業のイギリスのスタートアップElderは、住み込みのケア提供者と高齢者をマッチングするマーケットプレイスです。同社のコーディネーターが最適なケア計画を立案し、ニーズや性格にあった介護者をマッチングします。イギリスでは、高齢者施設の価格の高騰から住み込みモデルが普及しており、同社も推奨しています。イギリスではこのほかに、2014年創業のSuperCarersや2015年創業のHomeTouchといった会社がマッチングサービスとケア提供者への業務支援ツールを提供しています。また州ごとの健康保険から訪問介護サービスへの保険が適用されるドイツでは、2015年創業のCareShipや2016年創業のPflegixが、保険での払い戻し可能なマッチングサービスを提供しています。

(2)自社雇用型

アメリカにおいては、前述した通り当初マーケットプレイスとして立ち上がったスタートアップが後に自社雇用型へ移行した流れがありました。一方でEUにおいては、もともとマーケットプレイス型よりも自社雇用型のスタートアップが立ち上がっています。

2015年にイギリスで立ち上がったCeraは、テクノロジーを活用する訪問介護ケア事業者です。タブレットやチャットボットでの介護ケアの予約手配ができるほか、NHSやそのほか公共施設の20団体と提携することで、外部の往診医サービスや輸送サービス、食品などの生活用品の配送サービスなどの手配も可能な包括的なプラットフォームとして機能しています。介護者が収集した高齢者の健康データに基づいたアラートサービスや見守りも行なっています。またイギリスではこのほかに、2016年創業のVidaや、2018年創業のLiftedが自社雇用した介護ケア提供者を高齢者に提供しています。

イギリスやアメリカ以外の地域では、Rocket Internetが2017年にドイツでPflegetigerというスタートアップを立ち上げました。Rocket Internetはベンチャー投資部門のGFCを介してマーケットプレイス型で介護ケア提供者をマッチングするイギリスのHomeTouchを支援していますが、Pflegetigerでは自社で雇用することが高齢者やその家族の多様なニーズに対応できる最適な方法だと語っています。インドでは、24時間の訪問介護を提供するPorteaやCare24というスタートアップが立ち上がっています。特にPorteaは介護ケアだけでなく、検査や医師の診察といった医学的なサービスも提供しており、Accel Partnersらから7,610万ドルを調達しています。

これらの介護ケア提供事業者のスタートアップは自社で利用するための業務効率化ソリューションを独自に開発し、導入しています。主に下記のようなサービスがあります。

  • アセスメント及びケアプラン作成
  • 個人のニーズに最適化したケア提供者とのマッチングアルゴリズム
  • ユーザー向けの予約システムと、ケア提供者向けの予約管理システム
  • ケア提供者向けのオンラインサポート、タスク管理
  • ケア提供者のキャリアアップ、スキル開発をサポートする研修プログラム
  • 介護ケア実施の記録、外部機関と連携できる記録の共有ソリューション
  • 家族向けのアプリでの通知や報告

このように、スタートアップがケア提供者を自社で保有し、テクノロジーを活用しながら業務を効率化するアプローチをとるケースがヨーロッパや米国で増えています。

2. 介護事業者向けソリューション

これまで、介護ケア提供者と高齢者を結びつけるソリューションを提供しているスタートアップや、自社で介護ケアを提供するスタートアップをご紹介しましたが、このほかにも既存のケア提供者向けに業務効率のソリューションを提供しているスタートアップもあります。

(1)業務支援

ほかの多くのレガシー業界と同様に、介護業界においても紙から電子化、そしてクラウド化が進みつつあります。高齢者ケア関連の業務ソフトウェアの中でも早期にクラウドサービスが出てきたのがEHR(Electric Health Record; 電子健康記録)の領域で、1982年創業のMatrixCareや1995年創業のPointClickCare(カナダ)がクラウドEHRを展開しています。MatrixCareは1万5,000を超える高齢者療養施設、特別養護老人ホーム、訪問介護ケア事業者に導入され、2018年に医療機器メーカーのResMedに買収され、同社の病院外ソリューションに統合されました。また、PointClickCareは北米の5,000を超える高齢者療養施設、特別養護老人ホーム、訪問介護ケア事業者等に導入されています。

最近の動きでは、パソコンで管理できるEHRのモバイル対応が進んでいます。ほかの医療機関向けと異なり、高齢者の自宅に訪問する訪問介護の現場においてはPCで利用するSaaSだけでなく、訪問先でスマホやタブレットで確認や記録業務ができることが大きな利点となっています。

2017年に創業したイギリスのスタートアップBirdieは、在宅介護ケアプロバイダー向けのオンラインツールを提供し、2018年にはAXAから700万ドルを調達しています。導入施設のマネージャーと現場のケア提供者は、スマホアプリからタスクを管理できるようになります。また特徴的なソリューションとしては、服薬管理を行うサービスがあります。ケア提供者は同社のサイト上で、高齢者がNHSから処方された薬を確認でき、訪問時にに安全に薬を投与するために必要なすべての情報に即座にアクセスできます。

(2)連携支援

高齢者を取り巻く様々な医療機関、介護事業者、家族が、情報をスムーズに連携し、協働できるよう支援する連携支援のソリューションを提供するスタートアップも存在します。2010年創業のCaremergeは、高齢者のタイムリーなケアを促進するために、スタッフ同士、およびオフサイトの利害関係者(家族、セラピスト、医師、病院など)とつながることができるようにします。アセスメント、在宅勤務者、コミュニケーションログ、メモ、臨床、家族QA、アクティビティなど、7つのアプリを高齢者の生活コミュニティーに提供しています。過去3度の調達で、GE Venturesをはじめとする投資家から2,100万ドルを調達しています。

またCaremergeと同時期に立ち上がったClearCareは、訪問介護のスケジューリングツールや請求管理ツール、給与管理ツール、CRMなどの包括的なSaaSを提供しています。2016年にBattery Venturesから6,000万ドルを調達し、総額7,500万ドル以上を調達しています。

しかしながら、この業務支援SaaSの領域においてはトップティアVCが出資していたり、ユニコーン企業となっているような圧倒的に成長しているスタートアップはなく、困難なマーケットであると見られています。その一方で自社でSaaSと介護ケアの人材リソースの両方を保有する「フルスタック」モデルのスタートアップは成長していることから、ほかの多くのレガシー業界同様に、業界のITリテラシーが低いことがソフトウェア販売モデルのネックになっていると考えられます。

次回は、高齢者の見守りソリューションに関してご紹介します。

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Senior Associate @ Coral Capital

Miyako Yoshizawa

Senior Associate @ Coral Capital

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